スキップしてメイン コンテンツに移動

国立新美術館:ルーヴル美術館展 ルネサンス:人だかりの向こうで、少しずつつながるルネサンス

東京都港区の国立新美術館で、「ルーヴル美術館展 ルネサンス」を見てきました。

今回は日時指定のチケットではなかったため、そこまで混雑しないだろうと、少し甘く考えていました。しかし、10時の開館ごろに到着すると、すでに長い列ができていました。入館してからも、作品の前には分厚い人だかりがあり、近くでじっくり見られるものはほとんどありませんでした。

レオナルド・ダ・ヴィンチの《美しきフェロニエール》以外は自由に鑑賞できるとはいえ、自由に動けることと、作品がよく見えることは別です。楽しみにしていた展覧会だっただけに、鑑賞環境には残念さが残りました。そのため、ここから書く感想の多くは、会場で十分に見られなかった作品を、後から図録で見直して気づいたことです。

「旅」が運んだ、見知らぬ世界と絵画の技法

第1章のテーマは「旅」でした。1500年ごろのヨーロッパについて説明されており、最初に大きな《ヴェネツィア共和国の使節団を迎えるダマスクス総督》が展示されていました。その後には、旧約聖書の「ヨブの物語」と「ロトの物語」を装飾に取り入れた天文機器などが続きます。

ここでいう旅は、名所を訪ねることだけではありません。15世紀から16世紀には、交易や外交、学問、芸術家の修業などを通じて、人や物が行き来していました。その移動に伴って知識や技法も伝わり、ルネサンスの美術が育まれていったのです。巨匠がそれぞれの場所で作品を生み出した、というだけでは見えてこない時代の姿です。

アルブレヒト・デューラーの《サイ》は、会場では「サイの絵か」ぐらいにしか思いませんでした。しかし、図録を読んでみると、この作品の背景には、当時のヨーロッパの人々にとって大きな出来事がありました。1515年、インドから運ばれたサイがリスボンに到着したのです。ヨーロッパでは長い間、生きたサイを見る機会がなく、その姿を伝える報告が各地に広まりました。デューラー自身は実物を見ておらず、伝えられた記述や、素描も手がかりにしたと考えられています。

図録ではヴァレンティン・フェルナンデスの記述が紹介されていました。見たことのない動物を、これだけサイらしく描けるデューラーにも驚きますが、その姿を言葉で伝えた人の観察力や記述力にも感心します。写真を送ることのできない時代には、何をどう説明すれば相手に伝わるのか、今以上に工夫する必要があったのかもしれません。

ただし、このサイは実物を正確に再現しているわけではありません。身体は鎧のような板に覆われ、脚にはうろこがあり、肩のあたりには実在しない小さな角まで描かれています。それでも、この版画は長い間、サイの姿を伝える代表的なイメージとして受け入れられました。細密に描かれていることと、実物に忠実であることは、必ずしも同じではないのです。

最初は何気なく見過ごしかけた一枚でしたが、背景を知ると、遠い土地の出来事を言葉と画像で共有していた時代の作品として見えてきます。


同じ章にあったエル・グレコの《アントニオ・デ・コバルビアス・イ・レイバの肖像》からは、別のつながりが生まれました。

エル・グレコといえば、私がまず思い出すのは、大原美術館で見た《受胎告知》です。今回、図録で肖像画の解説を読んでいると、ティントレットの作品に触れていたことが書かれていました。エル・グレコはクレタ島に生まれ、ヴェネツィアやローマを経て、スペインのトレドで活動した画家です。ヴェネツィアではティントレットなどの影響を受けており、その経歴自体が、この章の「旅」というテーマにつながっています。

ティントレットの《最後の晩餐》は、西洋美術史の課題でずっと眺めていた作品です。そのため、この肖像画の薄暗さと、顔にうっすらと当たる光を見ていると、どこか共通するものがあるように感じました。大原美術館の《受胎告知》も、暗い空間に光が差し込むような印象だったことを思い出します。

もちろん、二人の作品を幅広く知っているわけではないので、これだけで画風を語れるわけではありません。それでも、以前見た絵、課題で調べた絵、今回の図録に載っている絵が、少しずつつながっていきます。画家の名前を一つ覚えるだけだったころとは、違う楽しさが出てきました。

ラファエロの図像は、版画から丸皿へ

第2章は「技法の革新と洗練」でした。

ここで面白かったのは、似た姿の人物が、素材や主題を変えながら繰り返し登場することです。ラファエロの原作に基づくマルコ・デンテの《棘に傷つくヴィーナス》に描かれた女性の姿は、フランチェスコ・クサント・アヴェッリの《丸皿 プッチ家の紋章をあしらった「ローマの頽廃」》にも見られました。さらに、《小像「身づくろいする女性」》では、共通する姿勢が立体になっています。絵全体をそのまま複製するというより、人物のポーズが別の作品へ受け継がれていくように見えました。

調べてみると、《ローマの頽廃》の中央にいる女性は、ヴィーナスではなく、都市ローマを擬人化した存在です。この皿は1532年の作品で、1527年のローマ劫掠を、都市の道徳的な退廃への罰として捉える寓意が込められています。同じような姿の女性でも、置かれる場面が変わることで、神話の女神から、歴史的な事件を語る存在へと意味が変わるのです。

ラファエロの原作に基づくマルカントニオ・ライモンディの《パリスの審判》も、丸皿の絵付けに使われていました。どちらもラファエロにつながる作品なので、それほどさまざまなものに使いたくなる人気があったのだろうか、と気になります。

そこには、ラファエロの名声だけでなく、版画という媒体の力がありました。ライモンディはラファエロの絵画や素描を数多く版画にし、その構想を広く伝えました。持ち運び、複数の人が参照できる版画は、陶器などを制作する工房にとっても、図像の重要な手本になったのです。ラファエロの作品が版画によって広まり、さらに別の素材による作品を生み出していく関係がありました。

白黒の版画が色鮮やかな皿になり、平面の人物が小さなブロンズ像になる。同じ姿を見つけるだけでも楽しいのですが、その意味や素材の違いまで考えると、単なるコピーとは言えなくなります。巨匠の作品と工芸品を別々に見るのではなく、その間を行き来するイメージに注目する章でした。

青い衣と、柔らかそうな肌

第3章は「古代へのまなざし」でした。古代ギリシア・ローマの文化を改めて見直すことは、ルネサンスを理解するうえで欠かせない要素です。

ここで印象に残ったのは、ボッティチェリの《5人の天使に囲まれる聖母子》でした。図録で中央の女性の青い衣を見ながら、「ああ、青い衣装といえばマリア様ね」と、少し知ったかぶりをしてしまいます。まだ知識は断片的ですが、以前勉強したことを手がかりに、描かれている人物を読み取ろうとするようになりました。

ただ、その後で一人ずつ顔や身体を見ていくと、知識とは別のところで気になるものがありました。肌に、ぷにっとした柔らかさが感じられるのです。絵なのに、触れたときの感触まで想像してしまいます。

「誰が描かれているのか」が分かる楽しさと、「どんなふうに描かれているのか」を眺める楽しさは、少し違うのだと思います。青い衣からマリアを思い浮かべるだけで終わらず、その表情や肌の感じまで見ていくと、一枚の絵の中にも、まだ気づいていないことがありそうです。

横顔と、こちらを見ているようで見ていない視線

第4章は「肖像芸術の隆盛」でした。

ティツィアーノの《フランソワ1世の肖像》を見て、以前読んだ『絵画の見方』に出てきた作品だったことを思い出しました。読書メモには、ティツィアーノは肖像画に威厳を与えることができ、宮廷から求められる画家だった、という趣旨のことを書いていました。

図録で改めて見ると、フランソワ1世の顔は横向きですが、胴体は斜めにこちらを向いています。この胴体の配置が「四分の三正面観」で、顔と身体の向きの違いによって、動作の途中であるかのような印象が生まれています。ただ正面から立派に描くだけでなく、姿勢の組み合わせによって、威厳と生き生きした感じを両立させているのです。

横顔になっていることにも理由がありました。この作品の制作に際して、ティツィアーノは王を直接観察する機会を得られず、ベンヴェヌート・チェッリーニが制作したメダルの肖像を参考にしたといいます。横顔は古代ローマ皇帝の貨幣も思わせる形式です。ここでも、別の媒体に表された姿が、絵画へと受け継がれていました。

そして、今回の目玉であるレオナルド・ダ・ヴィンチの《女性の肖像》、通称《美しきフェロニエール》です。

この作品には専用の長い列ができており、40分待ちでした。列は説明映像のある場所よりも手前まで延びていましたが、その分、待ちながら映像を見ることができました。

説明されていたのは、制作途中に加えられた細かな変更です。科学調査によって、首や背中などの輪郭、瞳の位置に修正があったことが分かっています。頭と身体の向きにはわずかなずれがあり、視線も、こちらを見ているようで少し外れているように感じられます。その微妙な調整によって、人物が動きかけているような感覚や、感情を簡単には読み取れない表情が生まれているのです。

完成した絵を見ているだけでは、目や首の位置が最初からそのように決まっていたように思えてしまいます。しかし、わずかな変更を重ねていたと知ると、何を表そうとしてその位置を選んだのか、気になってきます。顔を似せて描くだけでなく、見る人とどのような関係をつくるかまで考えられているように感じました。

その後に見た、もう一つの《美しきフェロニエール》は、比較的ゆっくり鑑賞できました。レオナルドの作品の長い列の後だったためか、こちらの前にはあまり人がいませんでした。

こちらは、現在ではロンバルディアの画家による《女性の肖像》とされています。もともと「美しきフェロニエール」と呼ばれていたのはこちらの絵でしたが、フランス革命後に王室の美術品がルーヴルへ移されたころ、二つの肖像画が混同され、レオナルドの作品にその呼び名が定着したそうです。二枚は、同じ名前で呼ばれているからといって、同じ女性を描いた作品と考えてよいわけではありません。

この女性は横顔で、身体も横向きにまとまっているように見えました。顔の向きは《フランソワ1世の肖像》に似ていますが、身体の向きが違うため、全体の印象も異なります。こうして比べていると、当時の肖像画は横顔で描くのが一般的だったのだろうか、という疑問が浮かびました。

横顔の肖像は、古代の貨幣に見られる形式を受け継ぎ、15世紀に広く用いられていました。一方で、人物を斜めから描く四分の三正面観も発達し、16世紀への変わり目にはイタリアの画家たちもその形式を取り入れていきます。時代や地域による違いがあり、ルネサンスの肖像画がすべて横顔だったわけではありません。

顔をどちらに向けるか、身体をどう置くか、目線をどこへ向けるか。同じ肖像画でも、それぞれを変えることで、人物との距離感が違って見えてきます。二つの《美しきフェロニエール》と《フランソワ1世の肖像》は、その違いを考えるきっかけになりました。

今回は混雑が激しく、作品そのものを落ち着いて見るという点では、心残りのある訪問でした。それでも図録を開き直すと、会場で見過ごしかけたサイの版画に歴史があり、丸皿の人物が別の作品につながり、以前の読書や美術館での記憶が戻ってきました。

まだ知らないことばかりですが、少しずつ増えた知識が、次の作品を見る手がかりになっています。次にエル・グレコやティントレットの作品を見るときには、今回思い浮かべた光の表現を、もう少し意識して眺めてみたいと思います。

国立新美術館を出た後は、次の目的地であるサントリー美術館へ向かいました。

旅程

六本木駅

↓(徒歩)

国立新美術館

↓(徒歩)

サントリー美術館

↓(徒歩)

泉屋博古館東京

↓(徒歩)

21_21 DESIGN SIGHT

↓(徒歩)

六本木駅

関連イベント

リンク

コメント

このブログの人気の投稿

斎宮歴史博物館:柵列の間をくぐり抜け、古代国家の祈りに触れる、祈りの都が農村へ変わるまで

斎宮跡を歩いたあと、その流れのまま斎宮歴史博物館へ向かいました。駅前から感じていた木造風の意匠や、整えられた景観の延長線上に、この博物館の落ち着いた佇まいがあり、ここでようやく「斎宮」という言葉が指す世界の輪郭を、資料と展示で掴めそうだと思いました。斎宮は史跡としては広々としていて、当時の建物がそのまま立ち上がっているわけではありません。その分、見学者の頭の中で想像を補う余地が大きいのですが、博物館はその空白を、根拠と手触りのある情報で丁寧に埋めてくれる場所でした。 ちょうど特別展「天地(あめつち)の神を祈りて-伊勢神宮、そして斎宮-」が開催されており、展示室に入ると、ここが古代から信仰の重要な舞台だったことを、古墳時代の出土品などの実物資料を通して実感できました。伊勢神宮が成立していく過程、そこに斎宮・斎王という制度が結びついていく必然性が、単なる言葉の説明ではなく「この土地から出てきたもの」と一緒に語られるので、歴史がふわっとした神話のように遠ざからず、現実の地層の上に積み上がった出来事として迫ってきます。斎宮跡を先に見ていたからこそ、「あの広い区画が、ただの空き地ではなく、国家的な祈りを担う装置だったのだ」という感覚が、じわじわと身体に染みてきました。 特別展のあとに常設展を見ていくと、展示室が二つに分かれている構成が分かりやすく、斎宮という存在を別々の角度から立体的に捉えられるようになっていました。展示室1のテーマは「文字からわかる斎宮」です。延喜式のレプリカが示す制度としての斎宮、そして源氏物語、栄華物語、大和物語といった文学作品の中に現れる斎宮や斎王の姿が並ぶと、斎王がただの宗教的存在ではなく、宮廷文化の文脈の中でも強く意識された存在だったことが見えてきます。文学の中の斎王は、歴史の事実だけでは捉えきれない感情や視線をまとっていて、制度の説明とは違う温度で当時の人々の心情を想像させます。 さらに、文字が書かれた土器や印といった資料も展示されていて、「斎宮は祈りの場」という一言では片づかない、運用のための事務や情報のやりとりが確かにあったことが伝わってきました。展示の中には、武官や男女の子どもの等身大人形と当時の衣装があり、そこに復元された葱華輦(そうかれん)や斎王の居室の再現も続きます。文字資料を中心とする展示室1なのに、こうした視覚的・空間的な復元がし...

新島旧邸:京都の町なかで思いがけず出会った特別公開

京都文化博物館に行くために京都市に来たこの日、私は開館までの時間を使って京都御苑を歩いていました。ところが、京都御苑は思っていた以上に見どころが多く、閑院宮邸跡や京都御所、桂宮邸跡などを見て回っているうちに、気づけばかなりの時間が過ぎていました。少し急ぎ足で京都文化博物館へ向かっていた途中、ふと目に入ったのが「新島旧邸 特別公開中」という文字でした。その瞬間、「あの新島だろうか」と思って案内を見ると、やはり同志社の創立者として知られる新島襄の旧邸でした。まったく予定していなかった立ち寄りでしたが、こうした思いがけない出会いも旅の大きな魅力です。入り口のスタッフの方に尋ねると、毎週土曜日は特別公開の日で、建物の内部も見学できるとのことでした。ここまで予定以上に時間を使ってしまっていましたが、せっかくの機会なので見学することにしました。 新島襄は、明治時代の日本において近代的な教育の実現を目指した人物として知られています。海外で学び、キリスト教や欧米の教育思想に触れた新島襄は、帰国後に京都で同志社英学校を創立し、日本の新しい教育のあり方を切り開こうとしました。その新島襄が暮らした旧邸が、京都の町なかに今も残されていること自体、とても貴重なことだと思います。しかも、この建物は単なる住まいではなく、新しい時代の思想や暮らし方を映し出す場でもあったのでしょう。明治という、和と洋、伝統と近代が激しく交差した時代の空気を、建物そのものから感じ取ることができるように思えました。 最初に見た日本風の附属屋は、落ち着いた雰囲気の建物でした。展示品もありましたが、同志社社史資料センター所蔵資料のレプリカが中心だったようで、いつか訪れてみたいと思っていた資料センターの予習のような時間にもなりました。この附属屋は新島襄の両親のために建てられたものだそうで、そのことを知ると建物の見え方も変わってきます。新しい時代の教育を志し、西洋の知識を積極的に取り入れた新島襄ですが、その一方で家族を大切にし、日本的な暮らしの空間もきちんと用意していたことが伝わってきます。近代化というと、何かを一方的に捨てて新しいものに入れ替えるような印象を持ちがちですが、実際にはこうして古いものと新しいものを併せ持ちながら進んでいったのだろうと感じました。 続いて見学した母屋は洋風の造りで、附属屋とはまた違った魅力がありま...

寺田倉庫G1ビル:NAKED meets ガウディ展:“作品鑑賞”ではなく“思考体験”としてのガウディ

東京都品川区の寺田倉庫G1ビルで開催された「NAKED meets ガウディ展」に行きました。2月11日の午後に一度訪れたときは、想像以上の人気で入場が3時間待ちになってしまい、その日は予定を変更して引き返しました。せっかくなので仕切り直し、別の日の朝10時少し前に再訪すると、この時間でもすでに人が多く、入口を抜けた先のエレベーター前でしばらく待つことになりました。展覧会が始まる前から熱量が伝わってきて、「ガウディは“作品”というより“体験”として見られているのかもしれない」と思いながら列に並びました。 会場に入ると、まずガウディの生涯が簡潔に紹介されます。19世紀後半から20世紀初頭のバルセロナは、産業の発展とともに都市が急速に膨張し、同時にカタルーニャ独自の文化が芸術へと結晶していった時代でした。いわゆるモデルニスモ(カタルーニャ・モダニズム)の潮流の中で、ガウディは歴史主義や装飾の流行に回収されない、自然の秩序そのものを建築へ翻訳するような道を選びます。その入口として、この展覧会は「自然から得た造形美」を前面に出していました。 印象的だったのは、自然物と建築部位を並べて見せる導入です。「小麦」とサグラダ・ファミリア上部の塔、「にんにく」とカサ・バトリョの換気塔、「糸杉の円錐」とベリュスグアルドの塔、「キノコ」とグエル公園の煙突、「樹の柱」とサグラダ・ファミリア内部の柱、「ハチの巣」とカサ・カルベットの覗き穴といった対応関係が、説明とレプリカ展示で示されていました。ここで面白いのは、自然を“模倣”するというより、自然の形が生まれる理屈や強度のあり方を“借りている”ように感じられる点です。曲線は気まぐれな装飾ではなく、重さを受け流し、光を導き、空間を育てるための構造そのものなのだと、最初のコーナーだけでも伝わってきました。 次のコーナーでは、バルセロナ来訪後のガウディの作品が、少し変わった見せ方で並びます。壁面にエル・カプリチョ、カサ・ビセンス、グエル邸、アストルガ司教館、カサ・ボティネスなどのファサードが立体的に配置され、そこにプロジェクションマッピングのような映像が流れていました。建物を単体で鑑賞するというより、街の中で呼吸し、時間とともに表情を変える“都市の一部”として体感させる構成で、バルセロナの通りを歩きながら次々に建築に出会う感覚がうまく再現されている...