鹿児島県霧島市にある坂元のくろず「壺畑」を訪れました。
鹿児島観光の3日目で、前日の夜は霧島市の隼人駅近くに宿泊していました。この日は霧島市内から高千穂高原まで広く回る予定だったため、観光タクシーを貸し切りました。
最初に隼人塚史跡館を見学し、その後は上野原縄文の森へ向かうつもりでした。しかし、運転手さんがその前に案内してくれたのが、坂元のくろず「壺畑」でした。
当時の私は、鹿児島と黒酢が結びついていませんでした。そのため、予定外の場所に立ち寄ることになったという感覚でしたが、運転手さんから「壮観なので、ぜひ案内したい」と勧められ、見学してみることにしました。
建物の中には、鹿児島の黒酢の歴史や製法を紹介するパネルなどが展示されていました。黒酢の産地として知られる霧島市福山町では、江戸時代後期にあたる1800年代初めには、壺を使った酢造りが始まっていたとされています。温暖で一年を通した気温差が比較的小さい気候に加え、仕込みに使う薩摩焼の壺を入手しやすかったことなどが、この地域で黒酢造りが発展した理由と考えられています。
伝統的な製法では、米麹、蒸し米、水を壺に仕込み、その壺を屋外に並べて発酵と熟成を進めます。発酵に6か月以上、さらに熟成にも6か月以上という長い時間をかけることで、色が次第に濃くなり、独特の香りとまろやかな酸味が生まれます。坂元醸造では、1975年にこの壺造り米酢を「黒酢」と名付けたそうです。
展示を見た後、建物を抜けて再び外に出ました。そこで目に入ったのは、斜面を埋めるように並べられた大量の黒い壺でした。
同じ形をした壺が整然と並び、見渡す限り続いています。黒酢についてほとんど知識がなかったこともあり、このような場所が鹿児島にあるとはまったく想像していませんでした。運転手さんが「壮観」と表現した理由が、目の前の光景を見た瞬間に分かりました。
工場の中に大きな醸造設備が並んでいるのではなく、屋外に置かれた一つひとつの壺の中で、微生物の働きを利用しながら長い時間をかけて酢が造られています。近代的な食品製造とは異なる風景ですが、壺が規則正しく並ぶ様子には、伝統産業であると同時に、大規模な生産現場でもあることを感じさせる迫力がありました。
もともと予定していなかった場所でしたが、観光タクシーの運転手さんに勧めてもらわなければ、この風景を見ることはなかったと思います。有名な寺社や史跡を自分で調べて訪れる旅行も楽しいものですが、地元をよく知る人の案内によって、予想もしなかった土地の産業や文化に出会えることも、観光タクシーを利用する魅力の一つです。
黒い壺がどこまでも並ぶ光景を目に焼き付けた後、当初の予定に戻り、次の目的地である上野原縄文の森へ向かいました。
旅程
(略)
↓(タクシー)
隼人塚史跡館
↓(タクシー)
↓(タクシー)
↓(タクシー)
国分上野原テクノパーク
↓(タクシー)
↓(タクシー)
↓(タクシー)
↓(タクシー)
足湯の駅 えびの高原
↓(タクシー)
↓(タクシー)
↓(タクシー)
↓(タクシー)
鹿児島空港
地域の名物
- かるかん
- 豚骨料理
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